令和3年度の業務目的

 本課題は、日本周辺からアジア域を主たるターゲットとして、国の温暖化対策に向けた評価に適う気候学・気象学的な情報の創出を目指した技術開発を主たる目的とするものである。
 地球温暖化研究をめぐる情勢としては、国際的には気候変動に関する政府間パネル(IPCC)第6次評価報告書が2021年刊行に向けて執筆が進んでいる。この中では、第1作業部会(温暖化予測の科学的知見)と第2作業部会(温暖化への適応策)、第3作業部会(温暖化緩和策)間の連携がより一層求められている。また、気候変動抑制を目的としたパリ協定が平成27年12月に採択、平成28年11月に発効した。
 国内的には、平成27年11月に「気候変動の影響への適応計画」が閣議決定された。これを受けて、環境省により「気候変動適応情報プラットフォーム」(A-Plat)が平成28年8月に整備され、また平成29年度より3か年の計画で、環境省・農林水産省・国土交通省が連携した「地域適応コンソーシアム事業」が実施された。この事業は地方公共団体における気候変動影響評価の実施や適応計画の策定及び実施を促進し、科学的知見を第2次気候変動影響評価に活用することを目指している。これらを受けて「気候変動適応法」が平成30年12月に施行され、全国自治体で適応策策定の動きが加速している。これに伴い、国立環境研究所内に「気候変動適応センター」が設置された。
 平成30年度に、気象庁・文部科学省はこれら諸活動へ提供する温暖化予測データの取りまとめを企図する「気候変動に関する懇談会」を設置した。懇談会の提言を受けて、日本域の気候変動の実態を記述する“気候変動評価レポート2020”の刊行が令和2年度に行われ、本プログラム各領域テーマの令和元年度までの成果がインプットされた。懇談会ではさらに、気候予測データセット2022(以下、「データ2022」)と解説書の刊行を企画している。この予測情報は、環境省が気候変動適応法に基づく概ね5年ごとに刊行する“影響評価レポート”のための各種影響評価研究への入力データとなる。“影響評価レポート”は最終的な自治体単位での温暖化対策策定の基礎となるものであり、日本国にとり大変重要な事業である。
 この状況下でデータ2022へユーザーから様々な要求がきている。これは、文科省で令和元年度まで実施されたSI-CATプログラム、あるいは環境省の“地域適応コンソーシアム”におけるユーザーグループの議論の中でも明らかになってきたものである。特に要望の高いものとして、従来の地上気温・降水量のみならず、陸上での日射量、相対湿度、風速、積雪量、また、海洋の諸情報がある。
 このように、気候変動の影響への適応策を策定するに当たっては、第1次情報として様々な気象要素に関する高精度で高解像度の将来予測情報が必要になる。本研究課題では、このような今後の多様な社会的要請に対応していくために以下の目標を立てて研究を進める。

 領域課題(i)「高精度統合型モデルの開発」では、気象・気候の様々な事象に対する海洋の影響を考慮でき、また大気海洋相互作用を評価できる高解像度大気・海洋結合系ベースの気候モデルへ移行する。ここでは、新たなモデルコンポーネントを導入し物理変数の精度を向上させ、環境評価に必要な化学的気候情報が作成可能となるモデルの統合化に取り組む。また、本業務においては、将来予測実験のみならず、過去の温暖化を気候学的に検証するために、過去の大気海洋観測データと、創生プロで開発したアンサンブルデータ同化システムを発展させて、150年気候再解析を試みる。力学的ダウンスケーリングを担う地域気候モデルに関してはユーザーからの要望の高い様々な気象要素(日射量、湿度等)について、その精度向上を目指す物理スキームを開発する。ユーザーからの要望の高い日本周辺の海洋情報について、高解像度海洋モデルを用いた情報創出を目指す。
 領域課題(ii)「汎用シナリオ整備とメカニズム解明」では、水資源・農業・健康など、多岐にわたる影響評価やリスク管理に利用できる温暖化気候データを整備するとともに、それらデータを用いた顕著現象や極端現象の将来変化メカニズムの研究を高解像度の全球・領域大気モデルの特徴を生かして実施し、より信頼度が高く、メカニズム研究にも利用可能な気候シナリオデータセットの構築を目指す。ユーザーからの要望の大きい、気温・降水量以外の各種気象変数について、モデル開発のサブ課題と連携しつつ検証研究を進め出力改善に寄与する。特に放射データに関しては改善版の提供を目指す。多アンサンブル実験の解像度を補う手法の開発を行い、極端現象を評価できる解像度(1㎞程度)まで高解像度した極端現象予測情報を創出するシステムの構築を目指す。また台風の将来変化に特化した領域大気海洋結合モデル及び雲解像モデルによる実験を実施し、メカニズムに着目しながら顕著現象の将来変化の不確実性評価に取り組む。
 領域課題(iii)「高精度気候モデル及び評価結果のアジア・太平洋諸国への展開と国際貢献」では、日本以外の地域でのモデル精度確認のためアジア・太平洋諸国を対象として、気象研究所が開発したダウンスケーリングモデルを国際的に普及させる取り組みを行う。本領域課題においては領域テーマC、D連携の枠組みを利用して現地の影響評価研究に活用してもらう仕組みの実現も試みる。
 本課題の社会へのアウトリーチは、国内的には、当プログラムの領域テーマD「統合的ハザード予測」、国立環境研究所 気候変動適応センター(CCCA)、環境省地球環境総合推進費(S-18)等との連携、また気象庁「地球温暖化予測情報」、環境省「気候変動適応情報プラットフォーム」等を活用し社会への情報提供を行う(県別の温暖化予測情報等を提供している)。また国際的には、IPCCへの貢献を行うとともに、結合モデル相互比較計画(CMIP)や統合的地域ダウンスケーリング研究計画(CORDEX)-アジアなどの国際共同研究へ積極的に参加する。これにより、本研究の計算・解析結果が各国の地球温暖化予測研究の進展につながるとともに、アジア・太平洋諸国との連携を通じた現地気候研究者の人材養成を行うことにより、我が国発の気候モデルがアジア地域における事実上のデファクト・スタンダードとなることを目指す。
 本課題では上記諸課題へ向けて下記陣容で解決に挑む。
領域課題(i)「高精度統合型モデルの開発」
 サブ課題a「高精度統合型モデルによる温暖化予測システム開発」
 サブ課題b「地域気候モデル開発」
 サブ課題c「海洋将来予測データベースのための統合型海洋モデル開発」
領域課題(ii)「汎用シナリオ整備とメカニズム解明」
 サブ課題a「汎用シナリオ整備と顕著現象変化メカニズム解明」
 サブ課題b「ユーザーニーズを踏まえた地域気候変化予測データの精査と新規大規模計算手法の開発」
 サブ課題c「台風等極端事象の高解像度ダウンスケーリングシミュレーション」
領域課題(iii)「高精度気候モデル及び評価結果のアジア・太平洋諸国への展開と国際貢献」
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令和3年度の成果目標及び業務方法

領域課題(i)「高精度統合型モデルの開発」

 サブ課題a.高精度統合型モデルによる温暖化予測システム開発

(目標)
開発を進めてきている大気・海洋結合モデルベースの温暖化予測タイムスライス実験システム (TSE-C) により、過去気候再現・将来気候予測実験を実施し、過去に実施した同様の予測実験について指摘されている課題を可能な限り解決した新しい温暖化予測プロダクトの雛型を作成する。加えて、北太平洋域に高解像度領域海洋モデルを組み入れた TSE-C 高度化版 (TSE-Cn) の開発を進めるとともに、高解像度大気–海洋結合モデルによる過去再現・将来予測実験を実施し、次世代の気候変動予測システム開発への指針を得る。

(業務の方法)
TSE-Cによる過去再現・将来予測実験、及び既存の日本領域気候モデルを用いた力学ダウンスケーリングを行って、新しい温暖化予測プロダクトの品質評価用データセットを作成し、大気海洋結合過程を考慮したことによる再現性向上や過去–現在–将来の気候状態の遷移を連続的に計算することによる大気-海洋が整合した将来変化やそれによる適応限界点の特定可能性等、既存データセットからの改良点を明らかにする。また、次期の将来予測実験において、使用可能な計算資源に応じて予測システムのモデル解像度やアンサンブル数を設定可能にするため、使用する全球・領域大気モデルの解像度を変えた実験を行って再現される気象現象などの解像度依存性を把握する。これらを踏まえ、次世代気候変動予測システム開発における重点目標を定めるため、解像度10kmの北太平洋モデルをTSE-Cにネスティング手法で埋め込んだTSE-Cnや解像度を上げたTSE-Cの基盤大気・海洋結合モデルによる過去再現・将来予測実験(CMIP6実験)を実施して、TSE-Cや既存実験からの改良点をとりまとめる。

 サブ課題b.地域気候モデル開発

(目標)
信頼度の高い地域気候予測データセット作成の基盤となるモデルの開発を行う。

(業務の方法)
新たな地域気候モデルの開発の項目では、前年度に明らかとなった冬季の地上気温低温バイアスの改善のため、Simple Biosphere(SiB)をベースとした陸面過程スキーム内のパラメータの感度を調べることを通して、スキームの改良を図る。長期積分を念頭に置き、複数年の数値積分を行い、バイアス等の誤差を把握する。放射スキームの改良の項目においては、前年度に得られた感度実験からの知見に基づき、部分凝結スキームと対流スキームのパラメータを5km格子モデル用に最適化し、スキームの改良につなげる。最適化されたパラメータを使用したモデルを用いて、ベータ版の日射量データを作成し、誤差を検証する。対流グレーゾーン問題の項目については、事例解析の対象を増やし、異なる解像度における雲の解像の程度を調べる。特に、次期モデルの指針を得るため、2kmと1km格子による結果を比較し、対流パラメタリゼーションの必要性を調べる。

 サブ課題c.海洋将来予測データベースのための統合型海洋モデル開発

(目標)
大気の将来予測データセットを外力として与え、北太平洋域高解像度海洋モデルを積分する海洋タイムスライス実験により、海域の温暖化予測情報の充実を図る。令和2年度に開発を行った物理環境変動から生態系変動まで統合的に解析可能なダウンスケーリングシステムを用いた将来予測実験を行うことにより、海洋生態系環境や水産業に関連したニーズに応える予測情報の創出を目指す。さらに、沿岸域における海洋予測情報の拡充のために、令和2年度に改良を行った日本域で高解像度化した海洋モデルを用いたダウンスケーリングシステムを用いた将来予測実験を行い、日本近海における詳細な予測情報を創出する。

(業務の方法)
令和2年度に開発を行った低次生態系モデルを組み込んだ北太平洋高解像度海洋モデルを用いて、栄養塩・プランクトンなど生物科学変数を追加した将来予測データセットを作成し、得られたデータセットを他領域テーマ等と連携して検証し、将来予測情報として取りまとめる。また、令和2年度に開発・改良された日本周辺海洋モデルを用いて日本近海の将来予測データセットを作成し、潮汐・潮流による沿岸水位変動・河川からの淡水流入による海流変動などの効果を評価するとともに、沿岸域における気候変動影響評価に関する情報をとりまとめ、データセットと合わせてユーザーに提供する準備を進める。

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領域課題(ii)「汎用シナリオ整備とメカニズム解明」

 サブ課題a.汎用シナリオ整備と顕著現象変化メカニズム解明

(目標)
高解像度実験、多数アンサンブル実験を用いた顕著現象将来変化に関する要因分析と、将来気候予測実験を行う。

(業務の方法)
気象研究所が整備する気候予測データセットの気候再現性や予測に含まれる不確実性の特性について、これまで実施してきた解析のとりまとめを行う。また当該データセットのCMIP5及びCMIP6マルチモデルアンサンブル内での位置付けについて、日本周辺での再現性と不確実性の幅の定量化を行う。近年に発生した豪雨等の顕著現象について、全球・領域気候モデルを用いた多数アンサンブル実験(d4PDF)の延長実験を継続するとともに、再現実験及び気温上昇除去実験を実施し、顕著現象の近年の気温上昇による影響を調査する。気候モデルを用いた150年連続実験のアンサンブル実験を実施し、モンスーン地域における降水の将来変化の特性について解析する。また既存の実験の一部について、5kmや1km解像度へのダウンスケーリング実験を行い、豪雨等のより詳細な変化を調査する。前年度に実施した実験については結果の評価を行い、順次、領域テーマDそのほか各種影響評価・適応研究プロジェクトへ実験結果を提供する。

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 サブ課題b.ユーザーニーズを踏まえた地域気候変化予測データの精査と新規大規模計算手法の開発

(目標)
地域限定高解像度力学的ダウンスケーリングシステムによりユーザーニーズの高い気象要素を創出し、本プログラムの既存のプロダクトと比較した上で提供する。

(業務の方法)
昨年度実施した関東と九州等を対象とした年最大降雨イベントを含む5km大規模アンサンブル計算を基に豪雨の解析を進める。さらに、d4PDF 20km実験と5km実験の結果を比較することで、各総観場に基づいたモデル再現性・解像度依存性の検証、及びアンサンブル数を減らすための効率的ダウンスケーリング手法を提案する。また、日射、風、相対湿度、積雪等の気象変数に関しては、昨年度i-bで改良が加えられた領域モデルを用いた全国5kmダウンスケーリングの結果を精査し、既存のプロダクト(2km及び5km)との比較を含めて、ユーザーに提供する情報としてまとめる。一方、昨年度の調査から領域モデルの結果が必ずしも全球気候モデルの傾向を引き継がないことが分かり、今年度はその要因を調査する。特に地上付近は陸面過程の影響に着目して、感度実験等も実施しつつ解析を行う。昨年度、北信越と南東北の山岳域の積雪を主対象に実施した1km格子の現在再現実験の計算結果を精査したうえで、同様の手法で将来予測実験を実施し、既存のプロダクトを含めて山岳積雪の将来変化の地域差を解析する。

 サブ課題c.台風等極端事象の高解像度ダウンスケーリングシミュレーション

(目標)
雲解像モデル及び領域大気海洋結合モデルを用いた多数例の台風のシミュレーション実験により、台風の強度と中緯度域の雨量および降水強度の将来変化を推定する。

(業務の方法)
北太平洋域の台風の高解像度ダウンスケーリング実験により、北上する台風の強度や最大強度位置、及び雨の将来変化を推定する。特に、日本付近の顕著台風を対象に、高解像度の領域大気海洋結合モデルによる再現実験・擬似温暖化実験を実施して、台風の強度及びそれに伴う雨の将来変化をあきらかにする。環境場パラメータのアンサンブル実験で、初期の環境場パラメータに対する台風の感度を見積もる。これまで実施してきた雲解像モデル及び領域大気海洋結合モデルを用いた多数例のダウンスケーリング実験により、高解像度(水平解像度5km以下)の台風のデータセットを整備し、特性を明らかにする。

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領域課題(iii)「高精度気候モデル及び評価結果のアジア・太平洋諸国への展開と国際貢献」

(目標)
東南アジア諸国を対象とした温暖化予測実験結果の解析を行い、予測結果の妥当性を評価する。

(業務の方法)
東南アジアにおける地域気候モデル国際比較実験(CORDEX-SEA)の参加国を対象にして、気象研究所非静力学地域気候モデル(NHRCM)を用いて行ってきた将来気候予測実験の結果を解析する。予測結果の妥当性の評価、広域気候場の把握を目的として、全球モデルによる同地域の予測結果を使用した解析を行う。予測結果の影響評価研究への適用については、領域テーマDと連携をとりながら、東南アジア諸国の河川の水害ハザード評価へ活用する。国際的なモデル相互比較プロジェクトにおいて、他の実験結果との比較結果を参考にして解析を進める。


業務の遂行に当たっては、研究連絡会を開き各課題間の連携を確認するとともに、外部有識者等からなる研究運営委員会で得られた全体の研究課題に対する意見や示唆により研究の方向性を確認・修正する。国内外の関連会合に参加して情報交換を行うほか、成果の進捗状況の把握及び情報発信に努めることで業務の効率的・効果的な運用を図る。さらに、より成果を社会実装に近づけるために、気候変動の将来予測等に関する種々の科学的知見をアピールする場や取りまとめる場(国際会議や国内検討会等)など、本業務での研究活動を打ち込む機会を適宜活用しながら、アウトリーチ活動に取り組む。今年度は本課題の最終年度ということもあり、海外における同分野の研究者の参加の下、国際ワークショップを開催し、本課題の最新の成果の発信と世界の先端的研究の状況把握・情報交換に努める。また本課題成果の温暖化研究への有効活用を目指して国内外の各種温暖化適応研究プロジェクトとの連携を図る。このため、統合の他領域テーマと連携するとともに、例年開催している領域テーマDとの連携を図るためのC/D連携研究会に参加する。政府の各種取り組みのうち、文部科学省・気象庁で立ち上げた「気候変動に関する懇談会」、環境省が国立環境研究所内に設立した「気候変動適応センター」(CCCA)、環境省地球環境総合推進費S-18などの各種取り組みに協力する。本課題に新たに加わった諸研究機関との課題内連携、また、新たに出力されるデータセットを収納するためにストレージを整備する。

自発的な研究活動等
自発的な研究活動等に関する実施方針に基づき、所属機関が認めた範囲で自発的な研究活動等を推進する。

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